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『俵万智の子育て歌集 たんぽぽの日々』を読みました

曲がりなりにも短歌を詠み始めて約10か月。初めての歌集を買いました。

俵万智の子育て歌集 たんぽぽの日々』

子育てに関する短歌と、その短歌の背景となるエッセイが掲載されています。短歌に縁のない人でも子育てや育児というキーワードにピンとくる人なら楽しめると思いますし、私みたいな短歌初心者はこういう気持ちが短歌になったのだということがわかって勉強になりました。

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子育てとか育児とか、そういうものに関する自分のもやもやを吐き出した本が作りたいと思っていたとき、偶然本屋さんの短歌コーナーでみつけた本でした。自分が作りたいものに近いものなんじゃないだろうか、それなら読んでみようと思いました。

結果として方向性は違ったのですが、子育ての歌なのでその背景がわかりやすい作品が多かったこと、エッセイが充実していて読み物として面白かったこと、何より読み返したいと思う短歌や内容がたくさんあって、自分の直感を信じて買って良かったです。

せっかくなので、特に印象に残ったこと、考えさせられたことをいくつか引用コメントします。

 

子どもの環境を考えるとき、大事なことはさまざまあるだろうけれど、「おかあさんの機嫌がいい」というのが、一番ではないだろうか。

わたしが子どもたちといるときに一番心がけていることがこれで、この本の最初にこれが載っていて正直びっくりしました。

あなた(子どものこと)が大好きだよ、一緒にいると楽しいよって気持ちを常に伝えていたい。のだけれど、なかなかむずかしいことも多く、無理に機嫌よく見せてるだけではダメなので、常に気持ちがきちんとあっての機嫌よくいることというのが本当にむずかしいときがあって。特に叱らなければならないときは、いけないことであるということを伝えつつ、機嫌を悪くしない(感情的に怒らない)ようにしなければと思うと、そのバランスがむずかしくてう〜んとなってる毎日です。

 

たんぽぽの綿毛を吹いて見せてやる

いつかおまえも飛んでゆくから

ちょうどこの本を買って読んだのがギリギリ春だったの良かったです(ノート見たら5月14日でしたw)。本を読む数日前に、もうすぐ2歳になる娘の前でたんぽぽの綿毛を吹いて見せました。特に何の反応もありませんでしたが、数日後シロツメクサの花にふーしてまして、飛んでかないなぁどうしてかなぁと言わんばかりの不思議そうな横顔が印象的でした。でもその後本物の綿毛を見つけてふーしても威力が弱くて飛んでかなかったんですけどね(笑)

 

自分の時間ほしくないかと問われれば

自分の時間をこの子と過ごす

以前、わたしがまだ結婚すらしていなかった頃、SNSで出逢ったお母さんが「子どもを持つことは人生で一番の幸福である、だから子ども生んだほうがいいよ!」みたいなことをおっしゃっていたことがあったのですが、子どもを持った今わたしが言えるのは「そんなことはない」です。

子どもを持ったことが不幸せであるといいたいのではありません。 ただ、仕事をしていたときだって、結婚をする前だって、子どもが生まれる前だって、幸せなことはありました。どちらかを選べといわれても比べられるものじゃないんです。仕事と私どっちが大事なの、みたいなw ただ、子どもを生むも生まないも自分の選択だから、幸せだろうが不幸せだろうがその選択に責任は持たなければ、しあわせになれないだろうと思います。

 

あの赤い花がつつじでこの白い花もつつじと呼べる不思議さ

みかん一つに言葉こんなにあふれおり

かわ・たね・あまい・しる・いいにおい

言葉に関する不思議を歌った作品がいくつかあって、そこはやはり文章を生業にされる方だからならではだなぁと思いました。

娘が最近ようやく日本語が出てくるようになり、あわせて「これはなに? あれはなに?」と指差しで問うてきます。例えば電気。「電気をつける」というけれど、「明かり」とか「光」とかの方が正しいのかとか、でも子どもには「ぴかぴか」の方がわかりやすいかなぁとか、一つのものにたくさんの呼び方があることに気づかされて悩ましく思うと同時に言葉を選ぶ大切さを思い知らせています。

それから物ではないものを説明することのむずかしさ。未だに「おはよう」「こんにちは」が出てこず(「ばいばい」はできるけれどこれは手を振るというオプションがあるからでしょうね)、でも挨拶ってどういうときにするのか、「おはよう」は「お早う」「早いですね」って意味? 「こんにちは」は「今日は」「今日(きょう)は」って意味?とか、言葉に込められた意味を探したりして、曲がりなりにも言葉で仕事をしていたのだから、もっと言葉に真摯にならなければと思いました。

 

「教育っていう言葉を我々はつかっていますが、教えることのほうに比重がかかりすぎてはいませんか。育てることにも、力を注がなくては」

「そして『育てる』というのは、子どもが育つのを手助けするという意味なんです」

俵万智さんはもともと教師だったのですね。教育に関わる審議会で上記のようなお話があったそうで、これを読んでわたしはなるほどなーと思いました。確かに「教える」「育てる」で教育。きっと、今の日本社会では「教える」ことはできても「育てる」ことがむずかしくなっているのではないかと想像します。と、同時に、わたしも子どもをきちんと「育てて」いかなくてはいけないのだと思いました。できるかどうかわからないけれど、がんばらなければと。

 

振り向かぬ子を見送れり

振り向いた時に振る手を用意しながら

娘は外に出るとひとりで遊び始めるのですが、時々振り返ったり、私の手を引っ張ったりするので、そういうとき、すぐに笑いかけたり、手を繋いだりしてあげたいなと思っています。子どもが何をしていても、いつでも手を止めて、子どもに手を差し出せるよう、常にそうありたいと思っていますが、こちらもなかなかできないことの多い毎日です。

 

以上、引用した以外にもたくさん素敵な歌とエッセイが詰まっていました。全部一つひとつ取り上げたいぐらいに。楽しいこと、大変なこと、悩ましいこと、等身大の子育ての日々。現在進行中で子育てをしているわたしは、共感というよりも、現実だなぁと思いました。ただ現実が目の前にある。でも、それを本にして残すって凄いことだなぁと。

こんな本が作れるよう、子どもが大きくなって自分が小さかった頃のことを聞いてきたとき答えられるよう、今からでもできるだけ記録を残しておこうと思ったのが、この本を読んで一番強く思ったことでした。がんばる。

 

忙しない日々のつらさもいとしさも抱きしめ歩み未来へつなげ

 

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短歌読書用ノートを見て、読み終わったの1か月以上前だったのかぁと← 折本2冊作ってたらあっという間に時が過ぎ去っておりました。